にわかきょうげん【俄狂言】
読者カード 用例 2026年05月04日 公開
| 用例: | この社にて隔年ほどに、八月十五日祭禮也。〈略〉北松前の橋を境として南北の町方二手になり、南は海舶を眞似て作りたる飾物を引せ、北は山を仕懸たる飾物を引せ、南北おの〳〵子供に俄狂言をさせ、負けず劣らず美を盡す也。〔卷之一・神の事〕 |
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| 『蝦夷草紙』 1790年 最上徳内 | |
| 語釈: | 〔名〕座敷や街頭などで行なわれた即興的で滑稽な寸劇。享保年間(一七一六~三六)、大坂住吉神社の夏祭の行列で、素人が行なった即興の寸劇を起源とするという。後には京都でも行なわれ、江戸の吉原俄などもあるが、大坂でもっとも盛んに行なわれた。寛政年間(一七八九~一八〇一)頃からは専門の俄師が現われ、また、寄席などでも興行され、江戸末期から明治初年に全盛期を迎えたが、明治三〇年(一八九七)代にはいって急速に衰退した。にわか。 |
コメント:第二版の用例より古い。
編集部:第2版では、咄本『無事志有意』(1798)の例が早いのですが、さらに、8年さかのぼります。
著書・作品名:蝦夷草紙
媒体形式:その他
刊行年(月日):1790年
著者・作者:最上徳内
掲載ページなど:331ページ4行目〔『北門叢書 第一冊』、1972年4月5日発行〕
発行元:国書刊行会
