しわじょう【志波城】
読者カード 項目 2025年12月10日 公開
| 用例: | 所謂志波城の遷移とは其實德丹城の易置を指すのであると謂ふを得やうと思ふ、〔十四、志波城阯と德丹城阯〈小笠原謙吉〉〕 |
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| 『巖手縣史蹟名勝天然紀念物調査報告 第二輯』 1922年 | |
| 語釈: | 斯波城とも書き、「しわのき」とも読む。平安時代の初め、東北地方のもっとも北に設置された城柵 (じょうさく) 。坂上田村麻呂 (さかのうえのたむらまろ) は胆沢 (いさわ) 城を造営した翌年の803年(延暦22)、さらに北に志波城を築いた。しかし、まもなく811年(弘仁2)水害にあったことから、徳丹 (とくたん) 城(遺跡は岩手県紫波 (しわ) 郡矢巾 (やはば) 町)に移されることになった。〔日本大百科全書(ニッポニカ)〕 |
コメント:項目がなかったので。
編集部:第2版では、立項されませんでした。
著書・作品名:巖手縣史蹟名勝天然紀念物調査報告 第二輯
媒体形式:その他
刊行年(月日):1922年
著者・作者:
掲載ページなど:97ページ4行目〔『岩手県文化財総覧 上』、1984年9月20日発行〕
発行元:国書刊行会
