せいかんのえき【征韓の役】
読者カード 項目 2026年09月20日 公開
| 用例: | 豐公征韓ノ役ハ窮兵黷武トイフノ外ナキナリ〔緒言〕 |
|---|---|
| 『泰西十五大決戦史』 1891年 訳述兼発行者 天野鎮三郎 | |
| 語釈: | 「ぶんろくけいちょうのえき(文禄慶長役)」に同じ。 |
コメント:遡ります
編集部:2009年12月24日付けで、加藤秀一・太田保一郎『尋常師範学科講義録 普通地理学講義』 (1895)の例をご紹介いただいていますが、さらに、4年さかのぼります。ちなみに、「文禄慶長の役」の語釈は「文祿元年(一五九二)から慶長三年(一五九八)にかけての、二度にわたる豊臣秀吉の朝鮮侵略戦争。文祿元年、大陸進出をはかる秀吉は、征明のための道案内を朝鮮王に命じ、回答が得られなかったことを理由に出兵。加藤清正らを派遣して漢城(現在のソウル)をおとしいれ、さらに北上して、碧蹄館の戦で明軍を破り、和議を約したが、講和の条件が秀吉の要求を全く無視したものであったため、慶長二年再び出兵。しかし戦局は進展せず、翌三年、秀吉の死により中止された。この戦いの結果、印刷・陶業の新技術、多くの典籍がもたらされたが、豊臣氏の滅亡を早めもした。朝鮮史では、壬辰・丁酉の倭乱という」となっています。
著書・作品名:泰西十五大決戦史
媒体形式:単行本
刊行年(月日):1891年
著者・作者:訳述兼発行者 天野鎮三郎
掲載ページなど:諸言4ページ5行目
発行元:吉川半七
