かんぶんじけん【寛文事件】
読者カード 項目 2025年02月17日 公開
| 用例: | 又伊達綱村も寬文十一年彼の所謂寬文事件落着の時には十三歳なり〔第一章 史蹟‐一、壺の碑〈鈴木省三〉〕 |
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| 『宮城縣史蹟名勝天然紀念物調査報吿 第四輯』 1929年6月 | |
| 語釈: | 「だてそうどう(伊達騒動)」に同じ。 |
コメント:項目がなかったので。
編集部:第2版では、立項されませんでした。ちなみに、「伊達騒動」の語釈は「江戸前期、仙台藩に起こったお家騒動。万治三年(一六六〇)藩主伊達綱宗が不行跡のかどで幕府から隠居を命ぜられ、二歳の亀千代丸(綱村)が藩主となったが、藩政の実権を握る伊達兵部宗勝(藩祖政宗の一〇男)は奉行原田甲斐宗輔らと組んで亀千代丸元服後も後見政治を続けた。寛文一〇年(一六七〇)伊達安芸宗重(涌谷二万石)が兵部らの非違を幕府に訴え、翌年大老酒井忠清邸における尋問の席上、安芸は甲斐に斬られ甲斐もその場で殺害され、兵部は土佐に流罪となった事件。浄瑠璃・歌舞伎「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」などの題材となる」となっています。
著書・作品名:宮城縣史蹟名勝天然紀念物調査報吿 第四輯
媒体形式:その他
刊行年(月日):1929年6月
著者・作者:
掲載ページなど:18ページ4行目〔『宮城県史蹟名勝天然記念物 2』、1982年11月20日発行〕
発行元:国書刊行会
