日国友の会

ほらのみや【保良宮】

読者カード 項目 2026年01月21日 公開

2023年03月18日 古書人さん投稿

用例:去程に時うつりて廢帝天平寶字五年叉都をかへられてあふみの保良の宮にまします〔五・添下郡〕
『和州旧跡幽考』 1681年 林 宗甫撰
語釈:奈良時代に近江国に営まれた宮。天平宝字三年(七五九)十一月、造宮輔従五位下中臣丸連張弓と越前員外介従五位下長野連君足を遣わして、保良宮の造営を始めさせた。同五年正月には、官人を保良京に遣わして、諸司の史生以上に宅地を班給している。保良京は、大師の藤原仲麻呂が平城京に対する北京として計画したものである。五年十月に、仲麻呂が擁立した淳仁天皇は保良宮に行幸し、二十八日に詔して、平城宮改作のためしばらく保良宮に移ってとどまること、また保良京に近接する滋賀・栗太両郡を畿県とし、庸を停めて調を輸すべきことを命じている。天平宝字六年に至っても保良宮の造営工事は進められていたが、同年五月に至り、淳仁天皇と孝謙太上天皇との間に不和が生じ、ともに平城京に戻り、淳仁天皇は平城宮の中宮院に、孝謙太上天皇は法華寺に御した。ここに至り、保良宮造営は中止されたらしい。〈以下略〉〔吉川弘文館『国史大辞典』@JapanKnowledge〕

コメント:取り敢えず

編集部:第2版では、立項されませんでした。

著書・作品名:和州旧跡幽考

媒体形式:単行本

刊行年(月日):1681年

著者・作者:林 宗甫撰

掲載ページなど:415ページ上段7行目(「続々群書類従 第八地理部」、1978)

発行元:図書刊行会