日国友の会

かんえいせん【寛永銭】

読者カード 用例 2025年07月16日 公開

2021年12月15日 古書人さん投稿

用例:近代徳川幕府ノ時寛永錢ノ數十様モ多クハ豪商ノ願ニ因テ税納ノ上鑄造スル者ニシテ〔風山軒泉話 其二〕
『風俗畫報(第六号)』 1889年 土佐 今井貞吉
語釈:〔名〕「かんえいつうほう(寛永通宝)」に同じ。

コメント:取り敢えず

編集部:第2版では、用例を添えることができませんでした。ちなみに、「寛永通宝」の語釈は「江戸時代、寛永年間(一六二四~四四)から明治初年に至る長い期間にわたって鋳造された円形方孔の銭貨。銅一文銭、鉄一文銭、真鍮四文銭、鉄四文銭がある。銅一文銭は徳川氏が統一的銭貨として寛永一三年(一六三六)から公鋳したが、実際は、それより一〇年前の寛永三年に水戸で幕許を得て鋳造したのが最初。鉄一文銭は元文四年(一七三九)、真鍮四文銭は明和五年(一七六八)、鉄四文銭は万延元年(一八六〇)から鋳造され、四文銭は一文銭と区別するため裏面に波紋が付けられた。鋳造地は全国各地に設けられたが、江戸時代、金銀貨の改鋳に伴い、しばしば量目や材質が変えられた。明治四年(一八七一)一二月以降新貨幣の発行とともに、銅一文銭は一厘に、四文銭は二厘に、鉄一文銭は一六枚一厘に、四文銭は八枚一厘に通用が定められた。寛永通宝銭。寛永銭」となっています。

著書・作品名:風俗畫報(第六号)

媒体形式:雑誌

刊行年(月日):1889年

著者・作者:土佐 今井貞吉

掲載ページなど:「風山軒泉話 其二」4ページ下段本文3行目

発行元:東陽堂