日国友の会

しょうへいがく【昌平学】

読者カード 項目 2023年07月12日 公開

2019年12月22日 古書人さん投稿

用例:太田南畝昌平學に在りし頃科試のをり項羽が垓下の歌を国家に譯したるなりとて
『小絃集』 1896年10月27日 編纂兼発行人 香川悦次
語釈:「しょうへいざかがくもんじょ(昌平坂学問所)」に同じ。

コメント:取り敢えず

編集部:第2版では、この語形では立項されませんでした。ちなみに、「昌平坂学問所」の語釈は「江戸幕府の学問所。寛永七年(一六三〇)幕府は林羅山に上野忍岡の土地を与え、のち徳川義直の寄進で孔子廟先聖殿を建立、林鵞峰の時私塾弘文館となる。元祿三年(一六九〇)徳川綱吉の文教奨励により、神田湯島に土地を与えられ、林家(りんけ)が大学頭(だいがくのかみ)を主宰し官学化、聖堂は大成殿となる。寛政二年(一七九〇)異学の禁で幕臣の教育所となる。明治維新後昌平校、のち大学校と呼ばれ明治三年(一八七〇)閉鎖。聖堂。昌平黌(こう)。江戸学問所」となっています。

著書・作品名:小絃集

媒体形式:単行本

刊行年(月日):1896年10月27日

著者・作者:編纂兼発行人 香川悦次

掲載ページなど:166ページ5行目

発行元:政教社