日国友の会

さかい【堺】

読者カード 用例 2018年09月22日 公開

2017年02月13日 古書人さん投稿

用例:五条東洞院常福寺・紫野大仙院、四五年もありて、此ころハ和泉の堺草庵尺八の弟子。
『宗長駿河日記(林家本)』 1527年 宗長
語釈:〔一〕(和泉国と摂津、河内両国との境にあったために呼ばれた)大阪府中部の地名。大和川を隔てて大阪市に隣接。古くから西高野、熊野などの街道が通じ、鎌倉時代から瀬戸内海の要港として知られた。室町時代には対明、対南蛮貿易が盛んとなり、富商を中心とする自由都市を形成。豊臣秀吉、徳川家康も共にここを直轄地とした。明治時代以後、綿糸、刃物の在来工業を基礎に金属、繊維の近代工業が発達。第二次世界大戦後は鉄鋼、石油化学工業が立地する臨海工業地帯が造成された。大鳥神社、家原寺(えばらじ)、百舌鳥八幡宮(もずはちまんぐう)、仁徳天皇陵などがある。明治二二年(一八八九)市制。

コメント:解釈1の事例で遡ります

編集部:2015年8月3日付けで、『千種日記』(1683)からの例をご紹介いただいていますが、さらに、156年さかのぼることになります。

著書・作品名:宗長駿河日記(林家本)

媒体形式:単行本

刊行年(月日):1527年

著者・作者:宗長

掲載ページなど:23ページ

発行元:古典文庫